雪と岩と氷の世界

f0173964_1292840.jpgBOOK
沢木耕太郎 「凍」 ('05)
山野井泰史 「垂直の記憶」 ('04)
九里徳泰 「冒険家になるには」('06)
山と渓谷 「山野井泰史 垂直の記憶」('06)
後藤正治 「不屈者」('05)
DVD
「白夜の大岩壁に挑む~クライマー山野井夫妻~」 ('08)


理解できなかった。なぜ登るのか。

沢木耕太郎著「凍」を読み終えたとき、ふと思い出した。
去年('08)の夏頃に登山家がジョギング中にクマに襲われたな…まさか…と思ってネットで調べてみれば、そこには登山家 山野井泰史さんがクマに襲われ右腕を20針、眉間から鼻にかけて70針ほど縫う重傷を負った記事がたくさん…
なぜそれを覚えていたのかというと、事件の内容も壮絶だが、山野井氏の両親のインタビューが非常に印象的だったんだ。安堵の表情を浮かべながら、
「無事で良かった。が、ひと月、ふた月したらまた山を登りだすのでは。」と…

・・・・・

私は登山やクライミング等に全く興味ない。当然山野井氏のことなど知る由もなかったが、ふとしたきっかけで読みだしたこの本になぜかのめり込んだ。
「凍」は、山野井氏が2002年37歳でヒマラヤの難峰ギャチュン・カンに妻と二人で挑んだノンフィクション。
その類いない登攀歴から「日本最強のクライマー」、その危険を顧みない登攀スタイルから「天国に一番近い男」と呼ばれる山野井氏。
そんな彼がギャチュン・カン単独登頂後の下降中、絶体絶命の危機に遭遇する。
幾度となく雪崩に襲われ、危険な場所での究極のビバークを何度も強いられ、妻妙子さんが雪崩に飛ばされ50m以上滑落し氷壁の下で宙づりとなり、雪崩直撃のせいか眼球が凍ったためか失明状態となり、支点作りのため凍傷覚悟で素手で氷以上に冷たい岩をまさぐり…
その困難は枚挙にいとまがない。

彼らは生きるためにすべての精力を使い果たす。そして最後は幻覚を見ながらも奇跡的に生還する。

その代償として山野井氏は手と足の指計10本を切断。妙子さんは既に第二関節からなくなっている両手の指を、全て付け根から切り落とした。
その鬼気迫る展開と緊張を、客観性、現実感を維持させることで、更に厚みをかける手法は、著者の面目躍如といったところだが、いやいや、ホントに凄い。半端ない…

・・・・・

山野井氏に関する文献を探し、読み漁った。
ギャチュン・カン後に挑んだグリーンランドの大岩壁のドキュメンタリー映像もDVDで見た。

山野井氏の生い立ちから多くの難峰の登攀歴、妙子さんとの出会いと結婚、アルパイン・スタイルでソロで登るこだわり(酸素ボンベがころがり、ロープもあちらこちらに吊り下がっているようなエベレストには興味がない)、ギャチュン・カンで二人が遭難と判断されてから、生還までの親御さんの心境、そして現在でも登り続ける二人の姿まで、多角的に見つめてみた。
それでも何故そこまでして登るのか。何故そんなにも困難が好きなのか、理解できない。

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f0173964_19352175.jpg本人が書き下ろした「垂直の記憶」は、ギャチュン・カン生還後、自らのクライミング人生を振り返った登攀体験記。
そこで印象に残った語録を以下に。

「夢がなければ生きていられないし、都会で生活していると落ち着かず、すぐにでも雪と岩と氷の世界へ戻りたくなってしまう。
一般の人から見ると、狂っているかもしれないが、これが僕の人生なのだ。」
「生物を拒絶する岩と雪と氷の世界---。
僕はそこに帰らなくては生きていけない。厳しい環境が眠っている僕を生き返らせてくれるのだ。」
「僕にとっては、空気や水のように重要で、サメが泳いでいなければ生命を維持できないように、登っていなければ生きていけないのである。」


本人の文章もクライミングに人生を費やしていたとは思えないほど上手い。
作家の沢木氏に「アクションよりもリアクションを書くといい」とアドバイスを受けたようだ。

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ギャチュン・カン後、山野井夫妻がどこへ向かうのか…8,000メートル峰を登攀するための体はもう無い。指を失ったことは致命傷だ。
そんなときの山野井氏の母のコメントがこれ。さすがは山野井氏の母親だ。

「二人がこれからまた山を続けていくとすれば心配ですが、でもそれは二人が決めることです。
それよりも、二人が目標を失ってしまうのが心配です。」
(「不屈者」より)

そんな母の心配も、結果的には杞憂に終わるのだが。
今もどこかの岩と雪と氷の世界で生きているのだから。

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妻の妙子さんの登攀人生も壮絶だ。
彼女もまた日本を代表するクライマー。山野井氏が唯一一緒に登りたいと思った女性だ。
口数の少ない素朴な感じの女性だが、どんな状況下でも取り乱すことのない、肝が据わった人だ。
家事は何でもこなし、ご飯はかまどで炊き、おかずは庭の畑や近くの山で摘んだ芋や大根や山菜が並ぶ。
しかしその登攀人生は平坦ではない。
1991年ネパール・ヒマラヤの高峰マカルーで、帰路でのビバーク中、男性パートナーを失った。
ロープで宙づり、凍結、落下…そして彼女自身も鼻先と左足薬指を除く手足19本を凍傷で失った。そんな彼女が言っていた。

「(指は)多少不自由ですが、どうということはありません。常日頃はわすれてます。亡くなったパートナーのことは決して忘れませんが…」(「不屈者」より)
「山にはお金を掛けるけれど、他のことはどうでもいい。」(「白夜の大岩壁に挑む~クライマー山野井夫妻~」 より)

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もしかしたら二人は稀代の幸せ者かもしれない。山野井氏はクライミングは遊びだと言っている。
「真面目に遊んでいるだけ。ただこの程度の遊びに何十年も命をかけている。」(「白夜の大岩壁に挑む~クライマー山野井夫妻~」 より)
こんな幸せなことはない。
人生を掛ける遊びを、見つけることさえできない人が殆どだ。
だから逆に山野井氏を応援したくなるのかな。決して自分では成し遂げられないとわかってるから。
せめて彼には…と。

学生の頃、沢木耕太郎著「深夜特急」に感銘を受け、香港へ一人旅をしたことがある。
今回も同じように熱くなるものがあったが、決して自分で登山してみようとは思わなかった。
私は「雪と岩と氷の世界」はどちらかといえば嫌いだ。
だからきっと永遠に彼の登りたいという純粋な気持ちと高いモチベーションは理解できないだろう。
だが、そんな山野井氏の誕生日は私と一日違いだ。何の関係もないが(笑)。

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昨年、クマに襲われ、重傷を負った本人のコメント。(山野井通信より)
「残念なのは2ヶ月後にオーストラリアクライミングを考えていたのに最も大切な腕を痛めてしまった事です。
それでも・・・生きている熊に触れられるなんて・・・感動、言葉が適切ではないと思いますが、貴重な体験をしたような気がします。
野生動物を嫌いにもなっていません、また山のへの興味も失っていません。
僕は回復したら岩に登り、山に登りそして自然を満喫することでしょう。」

腕を20針、顔を70針縫った人のコメントです。
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by l-jones | 2009-02-08 16:30 | book
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